ピクニック開催のお知らせ

ようやく秋になったのでピクニックを開催します。
芝生の上でぼんやりするだけです。難しいことはなにもありません。

参加表明は必要ないです。自分の好きな飲み物と食べ物を持ってブラリと来るといいのです。それがピクニックです。雨が降ったらやりません。その時は近くのカフェでぼんやりします。それもまた良しです。

開催日:2010年10月2日(土)
時間:12時から16時くらいまで
場所:新宿御苑 中央休憩所付近の芝生
待ち合わせ:12時に新宿門の券売機あたり
必要なもの:入園料200円
あると良いもの:飲み物 食べ物 シート ゴミ袋

当日12時に新宿門にいます。12時5分になったら移動します。12時に来られない人は直接中央休憩所付近に来てください。それらしき集団(もしかしたら僕一人かも)を見つけたら声をかけてみてください。目印に白いニット帽をかぶってます。首からカメラをぶら下げているかもしれません。でもそんな人は世の中にたくさんいます。間違えて声をかけてしまっても落ち込まないで。

何か特別なイベントなどは全く考えていません。このところ忙しかったので空の下でチビチビ飲みながら軽いおしゃべりでもしたいだけです。食べ物などは自分で食べられる量を持ってくればいいのです。たくさんあっても余ります。酒類は少し多めでも僕は困りません。ただ新宿御苑は酒類の持ち込みが禁止されています。あまり堂々と一升瓶などをぶら下げて来ちゃダメです。コッソリとね。

誰でも歓迎します。僕に会ったことの無い人でも遠慮無く。
風邪をひいたりしないように、暖かくして来てください。

アクセスマップ
園内マップ
利用ガイド

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20100919

5月からやってる小さな連続写真展「Line」に新しい作品を展示してきた。今回はいつもより期間が半分で1週間の展示。だから、というわけではないけど、結果的にかなり実験的な作品にしあがった。

ここ最近、8月くらいから展示の設営前日に撮影して夕方にネガの現像、徹夜してプリント、少し仮眠をとってギャラリーにむかう、という流れでやってきた。もっと早めにやればいいんだけど、仕事だなんだといつもバタバタしていて、けっきょくギリギリになってしまう。いつかこの方法が破綻するんじゃないかと思っていた。

今回もきのうの昼過ぎから新宿にでて撮影を始めたのだけど、まったく思うように撮影できなくて、夜10時くらいまで粘っても一枚も撮れなかった。設営まで24時間をきっているのに。。本当はポートレートにしたかったのだけど、撮れないものは仕方ないからプランBへ。撮影は設営当日の今日、朝目が覚めてからギャラリーに行くまでの半日を写真におさめて、スピード写真でL版にプリントしてテープで壁に貼り付ける、という展示にした。

目が覚めてムジャと遊んでペヤングを食べて、シャワーを浴びてコインランドリーにいって、新宿へでて、ブラブラして祭りの神輿を撮って、カフェでぼんやりしてギャラリーへむかう。そんな今日をほぼノーファインダーでできるだけ作為が入り込まないようにして撮った。

こういう自由な撮り方をしたのはひさしぶりだった。「作品」にしようとせず、気の向くままに撮影するのがこんなに楽しいことだったのをすっかり忘れていた。撮影行為はそれだけで独立した快感なのだ。

できあがった108枚の写真は、第三者が見るとどう感じるかはわからないけれど、自分にとっては記憶の断片で、その写真を見るとその前後の風景や雑踏の声やその時の感情(空腹加減)がよみがえってくる。これこそが写真行為の醍醐味なのかもしれない。

「Line」の意味のひとつに「境界」がある。自分と外界との「境界」を示すには、自分の内側と外側を写すしかない。Lineプロジェクトが始まってからずっと、自分の内側を写すことばかりに意識が行き過ぎていたのかもしれない。このままでは自家中毒を起こすところだった。手法をかえて次回も自分の外側を写してみよう。

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20100911

911のテロから9年が経った。
あの日あの時間、広島のBarでカクテルを作っていた。

お客さんからニュースを聞いても要領を得ず、家に帰ってあのビルが崩落する映像を繰り返しみたけど、やはりリアリティーを感じることができなかった。パパブッシュ時代の湾岸戦争の映像を見た時と同じように、なにかテレビゲームの映像を見ているような感じだった。

次の日、いつものように店へ出て営業を始めると、いつもと同じような時間が流れていた。あのテロは酒の肴になっていた。毎日決まった時間に来るお客さんの顔を見られなかったくらいで、それ以外はまったくいつもと同じだった。

自分も、なにか大変なことが起こっているはずなのにどう大変なのかよく分からなかったし、その事にどう対処したらいいのか分からなかった。ただ、大事件と無関係に存在する広島という小さな町に急に嫌気がさした。

その前から東京に行きたい、というよりは広島をでたいという気持ちはあったけど、たぶん上京の引き金になったのはあの911だ。その一ヶ月後に、バックパックひとつを持って夜行バスに乗った。

住むところも働くところも決めずに出てきた。とりあえず新宿の路上やサウナで寝泊りしながら不動産屋をまわった。無職の人に部屋は貸せないと言われたのでバイトの面接を受けた。すると住むところが無い人は雇えない、と言われた。ホームレスになるギリギリのところを歩いていた。

あれから9年が経ったのか。まだなんとか生きているし、知り合いもできた。世界は全く変わったしまったような気もするし、なにも変わっていないようにも見える。

ただ、あんなに巨大で魅惑的な存在だった東京が、この頃少しせまくてつまらなく感じる。

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