きのう撮影したTの写真のネガを現像。10本撮ったうちの3本を慎重に丁寧に現像する。水洗を終えてゆっくりとタンクからリールを取り出し、風呂場のフックにそろりそろりとかけていく。ムラもなく、階調もきれいないいネガだ。スポンジでネガの水滴を拭いながらひとコマひとコマ見ていく。撮影時の時間が再現される。一番手応えを感じていたカットを探す。たしか34枚目あたり。よし。引き伸ばしてみないと正確にはわからないけど、露出はあっているし、ピントも問題はなさそうだ。
ホッとした。これは絶対にいい写真になる。このカットを撮ったとき、お互いの芯がぶつかったちょうどその瞬間にシャッターがきれた。こういう事はめったにない。まだ現像していない7本のネガのなかにもいいカットがいくつかあるはずだけど、もしそれらがぜんぶ失敗していたとしても、この一枚が撮れたことで充分満足がいく。
いいポートレートを撮るために大事なのは小手先の技術ではない。お互いが信頼しあって自分をさらし、相手に身を任せることができるかが重要だ。どちらかが少しでも格好をつけたり自分をごまかしたり、照れてみせたり仮面をかぶったりすれば、嫌らしい写真になってしまう。
自分にとって撮影は他の何にも代えがたいコミュニケーション行為だ。相手の深いところにそっと触れることができる(気がする)。同時に相手にも自分の深いところを触れられる。いい写真が生まれる時は撮影の時もプリントの時も、性的興奮に似た快感をおぼえる。いつも「写真を撮っている意味」とか「作品コンセプト」とか難しい言葉を振り回してるけど、なんのことはない、この快感を味わいたくてやっているのかもしれない。
20101212
Line展用のDMが出来上がった。
細かいところを見ていくといくつか不満はあるけど、データをつくったのは自分なので諦めるしかない。ともかく写真展の必要な情報は記載されているのでよしとする。
ニューヨークから戻ってきたばかりの朝弘佳央理さんとミーティング。展示にむけての最終的な確認をする。もう写真展まで1ヶ月になってしまった。いよいよ本腰をいれないといけない。ここまで紆余曲折右往左往してきたけど、なんとか方向性は固まった。被写体は二人とも「人」にすることになった。展示空間をうまく使って「Line」を表現することができるかどうか。少し焦ってきた。
「なぜ」撮るか、「どう」撮るか、はこれまで考えてきた。さて、問題は「だれ」を撮るかだ。いろんな人の顔が浮かんでは消え、数人の顔が残る。近々頼んでみよう。作品として成立するかは撮ってみないとわからないけど、撮りたい人を撮るしかない。それがすべて。
明日は仕事場の忘年会。そんな会に顔をだしてる場合じゃないような気もするけど、行かないわけにもいかないのが大人の苦しいところ。ちょこっとだけ飲んで早々に退散することにしよう。